落陽

蝉の鳴き声が響いてくる教室。空調の設備自体がないこの教室は熱気に包まれていた。考えることそのものが億劫になりそうな暑さの中、その片隅では顔を寄せ合って話をしている二人の姿が見えた。
有川譲は夏休み明けに迫った球技大会について、実行委員の藤原と相談していた。

「なぁ、お前もう一競技出ねぇ?オレも出るからさ」

と言った藤原が目の前に座る譲の後ろを覗き込む仕種をした。視線は明らかに譲を素通りし、その後方を見ていた。

「何だよ?」
「・・・今のお前の先輩じゃない?ほら」

藤原が譲に向かって"お前の先輩"と呼ぶ人物は一人だけ。振り返ると長い髪が揺れる後ろ姿を視界の端に捉えた。見間違えるはずがない。ずっと見てきた後ろ姿。譲の一つ年上の幼馴染。春日望美。

「先輩!」

机を叩く勢いで立ち上がった。大股で教室の扉まで行くが、譲のとっさの大声にも気づかなかったらしい。望美の後ろ姿は見えなくなっていた。

「追わないの?」

左側から、からかうような声がした。藤原が譲の隣に立つ。譲はその顔を見ない。一箇所を見つめ続けていた。

「行けばいいじゃん、先輩の教室にさ」

ようやく譲は藤原を見た。

「・・・別に、俺に用事だったかなんてわからないだろ」
「ふぅん」

揶揄が入り混じった面白がるような声。

「・・・・・・何だよ」
「べっつに〜。一年生のクラスの階に何の用だったのかなって思っただけだよ」

藤原の面白がるような笑みは消えない。
"お前に用だったんじゃないの?"
そう言いたいのだとわかる。言い返せば格好のからかいの的だ。譲は無言で机に戻ることにした。
*************

結局話し合いも思うように進まず、夕陽も沈もうかという頃合に打ち切られた。

「また明日もこんな不毛な話し合いしなきゃなんないのかよ」

下駄箱に向かう廊下を歩きながら、藤原が伸びをする。それを横目で見ながら、譲が反論する。

「不毛にしたのは誰だと思ってるんだよ」

あのあと藤原が望美について、根掘り葉掘り尋ねてきたのだ。譲は藤原の前で望美の話をするのは避けたかったのだが、勢いに流され自分のペースが取り戻せなかった。それに時間を費やしたことで、元々少ない時間のやりくりがますます苦しくなった。

「だって気になるじゃん」

原因となった本人は悪びれる様子もなく、笑って言い放つ。その笑顔に惹きつけられる女子はたくさんいることを、この学校に通う生徒なら知っている。公言している女子だけでも"たくさん"なのだから、公言できない女子を含めれば、どれ程の数になるのか。
そのくせ、望美を"気になる"という。

「お前、そんな必要ないだろ」

まわりにたくさんいるじゃないか、と言いかけて、一歩後ずさる。藤原が譲の顔を覗きこんでいた。

「譲さ、何で頑なに隠そうとすんの?」

全てを見透かされていたかのような発言に、何も言えない。藤原は面白そうに笑う。

「あからさまな態度でさ、気づかれないと思ってるわけ?」

"お前の気持ちなんかお見通しなんだよ"と藤原は言っていた。

「気づかれてないと思ってんのは、お前だけだよ」

藤原は言い置いて、先に歩いていった。
動けなかった。言い返せなかった。今まで必死に隠し通そうと決めたこの気持ちを、いとも簡単に見透かされていた。
・・・・・そうではないのだ。どこかで、気づいてほしいと思っていたのだ。だから言動の端々に表れていた。だったら望美に気づかれていて何らおかしくない。気づいてほしいと思っていた、まさにその人なのだから。
だが、たとえ気づいていたのだとしても、彼女は今までと同じ接し方をするだろう。事実、今までと何も変わったことはない。それはこの先もきっと。

下駄箱で靴を履き替えていると、見慣れた紅色が目の端でちらついた。とうに帰ったと思っていた藤原の姿と、もう一人。望美の姿があった。二人の談笑する姿に眼を向ける。
ああ・・・と吐息がこぼれる。諦めか、それとも失望か判断するのは自分自身ですら難しかった。

「譲くん!」

望美の声が大きく響いた。重くなった足取りを覚られないように、二人の前に進む。

「じゃあ、オレはこれで」
「うん、ありがとう」

望美が手を振る。それに応えるように藤原が微笑んだ。藤原が立ち去ると、ややあって望美が口を開いた。

「ねぇ、譲くん。藤原くんと仲良いの?」

彼女はこちらを振り向かない。一箇所を見つめ続けている。藤原の立ち去った方向を。それは譲にも覚えのある行動。

「まぁ、縁はありますね」
「そうなんだ」

望美の瞳は相変わらず、同じところを向いている。

頑なに隠したかったのは、自分の気持ちだけじゃない。
こうなると半ば、予想していたからだった。
戻すことは不可能だと、沈みかけた夕陽が譲に告げていた。




迷宮の時の結晶を集めると見られる譲くんの十六夜イベントでクラスメイトの声がまんまヒノエでした。それで書きたくなった話です。続きません。たぶん。
でも私の頭の中では、譲くんが幸せになる予定です。

20060425
最初に書いたものは途中からヒノエ視点になってしまいました。勢いの人間ですから!でもそれはそれで本当に譲くんが幸せになっているのでいいかな〜と。でもヒノエが別物です。
読んでもいいかな?と思ってくれたそこのアナタはコチラ
話の冒頭はまるっきり一緒です。