九郎とヒノエが話し込んでいる場面など、そうそう出くわすものではない。九郎は真剣な面持ちで頷いている。ヒノエに何か重要なことを言いつけられているのか、一言一句聞き漏らすまいとしている。その割にヒノエの表情が生き生きと楽しそうなのが、そぐわない。敦盛は九郎に用があるのに、二人の間に割って入ることが出来ない。この二人の珍しい組み合わせと、ヒノエの表情が何故か引っ掛かるのだ。その正体を模索しているうちに、ヒノエが敦盛に気づいた。途端に表情が引き締まった。
「じゃ、頼むな、九郎」 「ああ、任せておけ。望美を・・・」
言いかけた九郎の口を手で塞ぐ。平手で叩くような勢いだった。ちらりと敦盛を見やり、
「そこから先は言わなくていいから」
頷く九郎の口のまわりは案の定、赤くなっていた。ようやっと敦盛は九郎に声を掛けた。
「九郎殿、弁慶殿が捜しておられた」 「そうか。それはすまない、敦盛。すぐに行こう」
九郎が去るのを見送りつつ、敦盛は考えていた。 九郎の”望美を・・・”という言葉。加えてヒノエの楽しそうな表情。敦盛にはそれを隠そうとしていること。これらから考えられる結論は一つ。 ヒノエは何かを企んでいる。 望美の嫌がることはしないとわかっているので、心配することは何もない。ただ純粋な好奇心から訊ねた。
「・・・何をする気なんだ?」
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「・・・何をする気なんだ?」
何気なさを装っているつもりらしい敦盛に、ヒノエは内心で苦笑した。そもそも敦盛がヒノエの企みを訊ねる。その行為そのものが不自然なのだと教えてやりたい。いつも訊ねられる前に、ヒノエが敦盛を巻き込むというのも、あるにはあるのだが。 先程、九郎が望美の名前を出した所為であるのはわかっている。もちろん、敦盛が気にしてくれなければ、あのような芝居をした意味がない。
「何か企んでいるのだろう?」
重ねて問う敦盛にヒノエは笑って見せた。
「人聞き悪いね。・・・でも、バレちゃ仕方ないか」
敦盛の横を通り過ぎる直前、耳元に小声で囁く。
「庭の大きな桜の樹の下に行けばわかる」
敦盛が一瞬、ヒノエのほうを見る。それから駆け出す。その後ろ姿を見送った。 今頃は九郎が同じところに望美を誘い出してるに違いない。そういう手筈だったのだから。二人とも、担がれたことに気づくだろうか。
「どっちでもいいけどね、そんなこと」
独り言ちて、腕を頭の後ろで組んだ。望美と敦盛が二人で微笑む様を思い描く。
「今日だけだからな。明日からまた、覚悟してなよ、姫君」
声に出してはそう言いつつ、思い浮かべた光景に自然と笑みが零れる。
「おめでとう、敦盛」小企画第三弾。ちょっと加筆してます。若き恋敵組大好き。九郎さんはヒノエの計画を全く知りません。素で復唱しようとして、それを上手くヒノエが、敦盛さんが気にするように仕向けました。しかし、他人様のヒノエは恰好いいのに・・・何故こうなるのでしょう。でも書いてて楽しかった!
20060522 次も気になりますか?