意地っ張り



「たぶん・・・・わからないと思いますよ」

確かに譲の好きなものを問われたら、望美は即答する自信がない。譲は望美の好きなものを把握しているのに、把握されてる本人は知らない。よく考えなくても、これは結構悔しい事実だ。さらに、わからないと決め付けられたとあれば、ますます悔しい。 譲の好きなものを突き止める。胸に決意を秘めて、まずはヒントがありはしないかと譲の日頃の行動を思い起こす。 料理と弓。一番可能性としてありそうなものは、この二つだろうか。弓はこの世界に来てからは、好きや嫌いを考えている余裕はない。望美たちのいた世界で、部活動に弓道を選んでいたのだから嫌いということはないだろうが。

「やっぱり料理・・・なのかなぁ」

誰にともなく独り言を呟いた。それから先程の花を育てていた場面を思い出し、出しかけた結論を思い直した。何でもそつなくこなす年下の幼馴染は、その器用さのおかげで何を楽しみとするのか見当がつかない。 行き詰った思考の回転をよくするために、その場から歩き出す。見慣れた背中を見つけ、案が浮かんだ。

「将臣くん!」 「ん?」

譲の兄である将臣なら、知っているに違いない。案というのは身近な人物に訊ねるということだった。

「譲くんの好きなものって知ってる?」 「は?」

質問の唐突さに驚いた将臣が眉を顰めた。望美の表情が真剣そのものなのを見て取り、視線を上に向けて遠くを見つめる。しばしの間の後、緩慢な口調で言った。

「・・・一つしかないんじゃねぇか」 「え?知ってるの?教えて!」

飛びつかんばかりのその反応に、将臣は望美をじっと凝視する。それから先程と同じく緩慢な口調で、望美には無情な答えが返ってきた。

「俺に訊くより、本人に訊く方が早いだろ」

緩慢な口調は呆れているようにも聞こえた。 いくら頼んでも将臣は教えてくれなかった。しぶしぶ諦めて、次は誰に訊ねようかと考えを巡らす。視線を落とした自分の影に、もう一つの影が重なる。顔を上げればヒノエと目が合った。

「考え事かい?姫君」 「うん。ちょっとね」 「憂える姫君の姿も魅力的だけど、お前には笑顔が似合うからね。言ってみなよ。相談に乗るぜ」 「・・・ヒノエくん、譲くんの好きなものって何か知ってる?」 「・・・譲の?」

確かめるように訊いて、望美が頷く。ヒノエは望美をじっと凝視した。そして空を仰いだ。ゆっくりとした動作で望美を見て、言う。

「・・・自分の胸に訊いてみるといいよ」

やはり呆れているように聞こえた。 今度は望美もそう簡単に引き下がらなかった。しかし何度もしつこく訊いてくる望美をかわして、ヒノエは去っていった。馬に蹴られて死にたくはないしねと望美には謎の言葉を残して。 それからは誰に訊いても似たような反応しか返ってこなかった。 朔に至っては、よかったわとこれまた望美には意味がつかめないことを言う。 譲の好きなものについてわかったことは、あったようでないも同じ。何の進展もなかった。得られた助言といえば、「自分の胸に訊いてみろ」だけだ。しかし、それはみんなに訊ねる前にやっている。 とうとう進退窮まって望美は近くに居た白龍に、抱えたまま解決できそうにない疑問をこぼした。

「譲くんの好きなものって、なんだろうね」 「神子、知りたいの?」

白龍は大きな瞳で望美を見上げ、きょとんと首を傾げた。思わずその頭をなでながら溜め息をつく。

「うん。知りたい・・・」 「それが神子の、願い?」 「うん。・・・・・・って、駄目だよ白龍!神様の力は使っちゃ駄目」

白龍の周囲を取り巻く気が澄んでいく気配がして、慌てて止めた。目を開けた白龍は少し悲しそうに呟いた。

「私は神子の力になれない」 「その気持ちが嬉しいよ、白龍。ありがとね」

感謝の気持ちを込めて、もう一度白龍の頭をなでる。白龍が嬉しそうに笑ってくれたので、安堵する。 譲の好きなものがわからないのは悔しいけれど、神様の力に頼るわけにはいかない。想像でしかないけれど、きっとテストでカンニングしたような後ろめたさが残るだろう。しかし知りたいことを知る手段としては、それぐらいしか残っていない。葛藤した後再び独り言が漏れてしまった。

「悔しいよね。私だけわからないなんて」 「悔しいの?神子。知りたいのなら訊けばいい。人はそれができる。ちがう?」

やはり白龍は神様だった。今まであった意地とか、悔しさ。そういった感情が薄れていく。素直に知りたいと譲に言えばいい。そう思えた。



譲を捜して辿り着いた先は、梶原邸の台盤所。譲は夕餉の支度に取り掛かっていた。名前を呼ぶと、振り向いた。

「譲くん」 「はい?」 「幼馴染なのに私だけ知らなくて、意地になっちゃったんだけどね。白龍が知らないなら訊けばいいって言ってくれたんだ。だからね譲くんの好きなもの、教えて」

それまで望美の言葉を静かに聴いていた譲が、最後の一言に驚いた顔をする。そうして、参りましたねと微笑んだ。

「さっきからやっていたのは、聞き込み調査ですか?」 「誰も教えてくれなかったんだけどね」

肩をすくめて笑い、譲が話し出すのを待つ。

「俺の好きなものは・・・形のある何かじゃないんです。例えば鎌倉で、先輩がいて学校に通って、部活したり寄り道したり、そんないつもの日常です。好きって言うか、大切なものですね。俺の好きなものはいつも目の前にあるんです」

譲の口調が、段々と静かに優しいものだったのが何かを抑えているようなものに変わる。それでも話し終えると、微笑んだ。望美も譲に向かって微笑んだ。

「そっか。ありがとう。譲くんの好きなもの、知れてよかった」 「はい。じゃあ、食事が出来たら呼びに行きますから」 「ありがとう!待ってるね」

戻る道行きで譲の先程の話を思い出した。最後の譲の瞳がやけに真剣さを帯びていたように思えた。”好きなものはいつも目の前にある”と譲は言った。 ふと、それは自分のことだろうか、それとも単に日常という意味だったのだろうかと考えた。 吹く風が火照った頬にとても心地よかった。


敦盛さん以外の話を書くのは久しぶりです。タイトルがごっつ恥ずかしいです。他に思いついたら変えます。 20060629