「剣の修行をする間もない」
九郎がそう言っていたことを思い出していた。
この頃は本当に忙しそうで、戦いが近づいていることを
予感させた。話をする機会も以前よりずっと少ない。
けれど昨日、積もった雪に足をとられないように修行をしていた
望美に九郎から修行の誘いがあった。
修行だとわかっていても、浮かれる気持ちがあった。
それは事実だ。
その罰なのかどうかはともかく、今日も九郎は今朝から
様々なことに追われているようだった。忙しそうなその姿を見かけていた
から、今日の約束については何も言えなかった。
反古になるだろうと思った。
今日、何回目かのため息をついてしまう。考えないようにしている
はずなのに。ため息をつくことも、考えないようにしようと
考えてることも、全てそのことを考えている証拠だと悟って、
もう一度ため息をついた。
仕方ないことは理解している。
気持ちがついていってくれないだけだ。
精神集中のために、目を閉じて深呼吸をした。
「望美!」
聞き覚えのある大きな声が辺りに響き渡った。後ろを振り向くと
九郎が望美に向かって歩いてきた。遠くない距離を
今にも駆け出しそうな早足で。
「すまない。昨日の話だが、今日はできそうにない」
本当にすまなそうな表情だった。「仕方ないですよ」
その一言がいつもなら言えるはずなのに。
「だが、約束は必ず果たす。・・・許してはもらえないか?」
「ヤダ」
九郎が驚いて望美を見た。それから少し悲しそうな顔をした。
そう見えた。
「・・・嘘です。ごめんなさい」
急いで謝った。そんな顔をさせた自分を恥じた。
落ち込んでしまう。わがままを言うにしても、もっと時と場所を
考えられなかったのだろうか。
「・・・今日は本当にすまない」
怒った様子もなく九郎が呟いた。
「私の方こそ、ごめんなさい」
「誘ったのは俺だ」
九郎が拳を口に当て、軽く咳払いをした。
「そのことを忘れないでいてくれ」
「忘れるわけありませんけど・・・」
そのことを九郎が強調する理由がわからなかった。言った後に急に
そわそわし始めた。
「で、ではもう行く。今日はすまなかった」
早口で言うと、くるりと踵を返す。
その背中を何が何だかわからないまま見送った。
九郎がとても嬉しいことを言ってくれようと努力していたのだと気
づくのは2、3日先の話。
九郎の真意を上手く汲み取ってあげられない神子の話。
お題の雰囲気の勢いで書いております。すみません。しかも
ここの神子は修行大好きっ子みたいですね。