人が溢れかえる改札を通り抜けて腕時計を見る。まだ待ち合わせの時間までは少し余裕がある。人と人との間をすり抜ける。
今日のことを考えると楽しみで目が冴えて眠れなかった。昨晩、てるてる坊主も窓辺に吊るしておいた。小学生が遠足に行く前日のようで可笑しくもあったけど、真剣だ。その願いも無事に聞き届けられた。遠くまで広がる空には雲を見つけられない。
空を見上げながら、今日の予定を反芻した。何としても、してほしいことがあった。ただ頼むのが気恥ずかしくもあり、気合のために深呼吸する。通りすがりの二人の会話が耳に届いた。
「ねー、今の人見た?」
「見た見た。すっごい背ぇ高いよね!」
口元が綻ぶ。彼女たちの言う"今の人"がきっと望美を待っている。すぐにわかった。遠くにいても目立たざるをえない長身。加えて金色の髪に青い瞳。現に道行く人々に視線を向けられていた。
すれ違いざまにぎょっとした顔をする人もいれば、ある人は通り過ぎてから確かめるように振り返っていた。
そんなことを意にも介さず、本人は腕を組んで軽く目を閉じていた。観察している場合ではないことに気づき、足を踏み出す。歩いているつもりが早足になっていた。望美が近づくとリズヴァーンがゆっくりと目を開ける。
「先生。お待たせしました」
「いや、問題ない」
望美は微笑んでリズヴァーンの手を取った。
「じゃあ、行きましょう!」
望美が手を引き、人目も引きつつ二人は歩き出した。
*********** 青白い空に浮かび上がる弓なりの月が地上を見下ろす。見下ろされたその先にリズヴァーンと望美の向かい合った姿がある。
「先生、今日はありがとうございました」
「いや。礼を言うのは私のほうだ。楽しかった、神子のおかげだ」
春日家の玄関前。望美がリズヴァーンの手を握ったまま、笑う。
結局一日、きっかけがつかめないでいた。言いたいなら、今しかない。望美は今日一日離さなかったリズヴァーンの左手を握り直す。空いている手で右手をつかんだ。握った両手をゆらゆらと左右に揺らしながら、目の前に立つ人物を見上げる。
「・・・先生、実は・・・お、お願いが」
あるんですけど・・・と言葉は段々尻すぼみになっていく。
「言ってみなさい」
ぎゅうと手に力が入る。顔を見ては言えなくて目を瞑った。
「望美って呼んでください!」
一呼吸置いて声が、降ってきた。
「望美」
今までに何度も"望美"と呼ばれた。友人にも幼馴染にも何回もそう呼ばれたはずなのに、どうしてこんなに顔が熱くなるのだろう。自分の名前がこんなに優しい響きを帯びたことはない。顔を上げると、目が合って微笑まれた。
その微笑のせいで、名前を呼んでほしいと頼むことすら緊張したのに、もう一つしてほしいことが増えてしまった。
「先生、あの・・・」
「どうした」
望美は視界に映るリズヴァーンの向こうに細い月を見る。明るい光に後押しされて、口を開いた。早くなる鼓動が決意を鈍らせる前に。
「飛びついてもいいですかっ?」
「・・・・・・問題ない」
返答を全て聞き終わらないうちにリズヴァーンの腕に包まれた。
今日、何度目かの幸せをかみしめる。大好きな人の側にいられる安心感。ふわふわと柔らかく、心地いい。
「私も一つ訊ねたいことがある」
「はい」
「今日一日、私の手を離さなかった理由を」
望美にとっての異世界。そこでの最後の戦い。無事に勝つことが出来たときのリズヴァーンの言葉が望美には忘れられなかった。リズヴァーンは望美に、手を握ってほしいと言った。望美の存在を確かめたいと言った。
「先生が自分のための願いを、あの時初めて口にしてくれたので、嬉しかったんです」
側にいると、手を繋ぐことで伝えたかったと望美は続ける。リズヴァーンの顔は見えない。抱きしめられる腕に力が入る。望美もめいっぱい背伸びをして、リズヴァーンを抱きしめる。
明日も明後日もいつも側にいると、言葉にしない想いを伝えるように。絆の関ED後の話。リズ神子が可愛いとお褒めの言葉を頂いて、調子に乗って書きました。可愛くなっているといいです。
20060502