千里眼

敦盛さんは常日頃から人と積極的に関わろうとしない。人と触れ合うことを極端に避ける。特に・・・・私との接触を。それでも私は敦盛さんと関わりたかった。

「敦盛さん、おはようございます」
「ああ、おはよう。神子」
「今日はとてもいいお天気ですね」
「ああ、そうだな」
「風が吹いていて気持ちいいですね」
「ああ」
「譲くんがもうすぐ朝ご飯だって言ってました」
「そうか」
「敦盛さんは今日も屋根に―」
「神子」

上るんですか?と訊こうとして、遮られた。

「神子は退屈ではないのか?」
「いいえ。楽しいです」
「・・・・神子」

戸惑いを隠せない声で私を呼ぶ。顔をほんのりと朱色に染めながら。それがとても嬉しい。

「敦盛さん、嬉しいです」
「わ、私は何も言っていない」

困ったように、慌てたように言う敦盛さんの顔が赤い。それは私をこんなに幸せな気持ちにすることに、貴方は気づいているのだろうか。この気持ちはどうしたら伝えられるだろう。目は口ほどにものを言う。敦盛さんが私から視線を逸らす。

「神子、駄目だ。私は、神子・・・・・・怖いのだ」

敦盛さんはそう言うと邸の中に姿を消した。苦しそうな表情だった。声とその表情が、脳裏に焼きついた。


「望美、具合でも悪いの?」

夕ご飯の最中に朔が心配そうに私の顔を覗きこむ。

「どうして?」
「食が進んでいないもの」
「・・・・先輩の口に合いませんでしたか?」

譲くんにも言われて、ようやく笑えた。と思う。

「そんなことないよ。譲くんのご飯はいつもおいしいもの」

笑っているのに、二人の私を見る目は少し不安そうに翳っている。見渡せば、白龍も景時さんもみんな心配そうな顔をしていた。もしかしたら労わりの眼差しだったのかもしれない。

「大丈夫ですってば!もう、みんな心配性なんだから」

敦盛さんの顔だけが見られなかった。


気持ちを切り替えることを心がけはしたのだけれど、敦盛さんを避ける日々が続いていた。話すことが怖かった。顔を見るのが怖かった。でもそれは自分の問題だから、みんなを心配させるのは嫌だった。なるべく敦盛さんと関わらなくてもいいように、そうすることが不自然じゃないように振る舞っていた。

「・・神子、稽古をつけよう」

そんな中、ある日先生がそう言った。先生からの稽古の誘いはめずらしく、気合を入れて挑んだ。

「神子・・・・怖れがあるな」

剣を構えてすぐさまの先生の言葉。先生らしいその言い方に思わず笑みが零れた。
―先生、本当は稽古をつけるためではないんでしょう?

「先生は何でもご存知ですね。千里眼みたい」
「せんりがん?」
「何でもご存知、お見通しの人のことです」

先生は少し微笑んだ。そして静かに言う。

「私が知っていることなど、数少ない」

静かな物言いが私の気持ちの堰を切った。止めようがなくあふれて、流れた。

「先生・・・私。先生は、剣を振るう私を怖いと思いますか?私・・・・私は・・・・・」

怖くなりました。声を必死に絞り出した。か細くて震えた声。先生から向けられる瞳には静けさが垣間見えて安心する。何ものにも動じることのない静。自分のことを怖いと思うくせに、先生に怖れられるのはきっと耐えられない。

「私が戦うのは、譲りたくないものがあるからです。手放したくないものがあるからです」

―それはみんなの―

「でもなにをどうしていいかなんて、わからなくて、ただがむしゃらに剣を振りまわすだけです」

運命を変えるなんて一口に言っても選んだ先は、わからない。選んだ先の未来が少しでも良いものになるように、誰も傷つかずにすむように―

「怨霊を封印することしかできません。・・・・でも斬るのは怨霊だけじゃありません。そんなときの私の顔を想像すると・・・たまらなく怖いんです」

怨霊は浄化のためだけれど、人は・・・。いつのまにか、一緒くたに考えていたとしたら。
敦盛さんに言われてからずっと考えていたことだった。考えたくなかった。でも敦盛さんが向き合うきっかけをくれた。同時に敦盛さんを見られなくなった。敦盛さんが、私を怖いと思っている。あの時のように苦しそうな表情をしたらどうしよう。近づくことで敦盛さんが苦しむのなら、いないほうがいい。
俯いた私の頭に優しい声が降り注いだ。

「神子」

顔を上げる。大きな手のひらが私の顔に影を落とした。先生の手は私の頭に乗せられていた。温かさが手袋を通して伝わる。

「敦盛が好きか?」
「はい。・・・・・・・・・・え?」

思わず答えてから、意味を考える。

「せっ、先生!私、真面目なんです」

恥ずかしさで慌てふためく私とは反対に、先生は落ち着いていた。頭をふわりとなでられる。

「それでいい、神子。言ったはずだ。お前の選択が私たちの運命だと。その気持ちがあれば、お前たちは進んで行ける。怖れずに進みなさい」

先生の手の温かさを目を閉じて感じた。言葉が身体に浸透していく。

「神子。神子が神子を恥じること、怖れることは何もない」
「はい。・・・先生?」
「どうした」
「やっぱり先生は千里眼です」
「そうだな。私にはお前たちの幸せな姿が見えている」

―先生、ずるいですよ。少し泣きたくなったじゃないですか。
先生の言葉を大切に胸にしまって、自分の言葉は涙と一緒に抑えこんだ。




敦盛さんと神子のことを先生は影ながら応援しているんじゃないかと思ったのです。一人称が多くなってきています。
20060411