重なる影



―傷ついたものを助けられない。これ程悲しく、行き場のない思いはもう二度と抱えたくない。ヒノエ、君はわかっていたのだな。だからあれ程頑なに・・・。
先刻、拾ってきた鳥の雛の墓を造った。亡骸はなくても、少しは安らかに眠れるようにと。神子は墓前に長い間座っていた。ずっと墓標を見つめていた。その目は墓標を映していても、何か別のものを見ているようだった。 夕餉になってもその場を動こうとしない神子を九郎殿が担いで連れていった。

「全くこんなに冷え切って・・・」

九郎殿は呆れたように溜め息をついていた。 ***************
太陽がその姿を隠し、月が輝く。
私は月明かりを頼りに雛の墓へと向かう。
私が触れたことで怨霊となってしまった雛のことを思い返した。私は触れてはいけなかった。私は何ものにも触れないほうがいい。そんなことを考えた。
砂利を踏みしめる音だけが、耳に届く音。
墓標が見えてきた。それに重なった物陰がある。何かの塊にすら見えたそれは神子の後ろ姿だった。座り込んで微動だにせず、ただ墓標を見つめている。私が近づいても、一向に気づかないようだった。

「神子・・・?」

私の呼びかけに神子が視線をさ迷わせる。ひどく虚ろな瞳をしていた。何と声をかけてよいかわからず、かと言って触れることも出来ずに私の手は行き場を失った。

「神子」
「敦盛・・・・・・さん?」

神子の目の焦点が定まり、私を見た。何かに縋るように見上げてくる。その目じりに涙が溜まる。

「敦・・・盛さん・・・」

声は力なく消え入りそうだった。神子の瞳から静かに頬を伝う涙が土に染みこんでいく。静かに、けれどとめどなく。

「・・・神子、すまない」

私が悲しませているのに涙を拭うこともできない。
けれど、清らかなその涙はきっと全ての怨霊たちの慰めとなる。

「・・・誰か呼んでこよう」

神子の涙を拭える者を。私は貴女を悲しませることしかできない。

「泣かないでください」

神子が唐突に言ったかと思うと、温かな手が伸びてきた。反射的に後ろへ下がろうとした私の手首を神子がつかむ。

「神子、離し・・・っ」
「泣かないでください」

私は泣いてなどいない。そう言おうとして、気づく。
後方を振り返れば、歩いてきた道に点々とした染みがある。着ていた直垂の胸元がわずかに湿っている。神子の瞳に映った私は泣いていた。神子はそんな私を見て涙を流した。私は泣いていた。たぶん、初めから。

「・・・私は神子を心配させてばかりのようだ」

流れ続けている涙を拭いもせずに呟いた。神子は黙って首を左右に振った。

「みっともないところをお見せした」

神子の前で泣いたことが幼子のようで無性に恥ずかしくなった。

「いいえ」

神子はそれだけを呟く。急に手首が引っ張られた。思いのほか力強く、突然の出来事に私は踏みとどまることができなかった。身体がわずかに傾いだ。
目元に温かいものが触れる。小さな音がして、その温かいものの正体が知れる。知れた瞬間、どうしていいのかわからなくなる。その温かさが、もう一方の目元に移動する。どうかすると、その柔らかさに引き込まれてしまいそうになった。抱きしめそうになる自分を必死で抑える。
私から身体を離した神子は、頬に涙の筋をつけながら微笑んだ。

「敦盛さんの涙は私が拭いますから」
「そ、そうか」

あまりの恥ずかしさに、それしか言えなかった。
―しかし、次は手で拭ってもらえないだろうか。




敦盛さん強化月間です(笑)ここの敦盛さんはこんなんばっかりですね。
20060505