5.嫌いだもん

源氏の神子だって何だって、人の好き嫌いくらいある。 神子を菩薩と同列に思われても、それはお門違い。 皆を皆平等に、なんてできない。
事の発端は私が先生の待っている場所まで行く道中に
起こった。 私に話しかけてくる九郎さんの部下に、 修行なんですと断りを入れたら、ついてきたのだ。 それだけならまだしも、 私が困っていたから助けてくれた先生に鬼と言った。 明らかに暴言だ。 先生は当然の反応だと言っていたけれど、 私はあの人たちが嫌いになった。
その帰り道。
先ほどから口をへの字にしている私を 見て先生が首を傾げた。
「神子、まだわだかまりがあるのか?」 「・・・あの人たちへのわだかまりは一生捨てられません」 「神子、私は・・・」
先生の言葉を最後まで言わせなかった。
「先生ご自身のことだから、私が怒るのは筋違いって わかってます。でも・・・」
先生のことだから、なおのこと腹が立つ。 悔しい。悲しい。 当然だと言う先生の表情を伺っても、感情は読み取れなくて。 それは諦めなのだろうか。 考えていたら、悔しくてたまらなくなった。
「嫌いだもん!あんな人たちなんか!」
突然の叫び声に、通り過ぎる人たちが私を見ていく。 今更のように恥ずかしくなって、俯いた。 先生も恥ずかしいと思っているかもしれない。 そっと先生の顔を伺えば、先生は微笑んで見えた。 状況にそぐわないその表情を、見間違いかと思って 目を擦ってからもう一度見た。 さっきと同じだった。
「・・・先生?」
先生はこっちを向いた。何度見ても微笑んで見える。 先生の瞼が柔らかな曲線を描いていた。
「やっぱり、突然叫ぶなんて可笑しかったですよね。 ごめんなさい」
頭を下げた私の上から、声が降ってきた。
「・・・そうでは、ない」
私は顔を上げて先生の言葉の続きを待った。 先生は少し黙った。言おうとするのを迷っているように 見えなくもなかった。
「じゃあ、何ですか?」
私が促すと、低い呟きが聞こえた。
「嬉しいと、思った」
今日感じた嫌な気持ちが、あっという間に幸福感に すり替わった。