洗濯日和な暖かい日だった。景時は洗いたての衣を干しながら空を
見上げた。青くて、雲一つない空。今日は一日を費やして洗濯
をしようと心に決める。時折吹く風も心地よく、思わず鼻歌が
とび出した。 鼻歌を歌いだしてしばらくした頃、景時の視界を白黒のものが横切
った。ぼんやり、鳥だと思った。それは、景時より数歩先の位
置にあった。あったというより、落ちていた。 今さっき見たときには宙に浮いていたはずだ。落ちているものを拾
ってしげしげと見つめた。紙だった。紙を折って作られたもの
だ。 「景時さーん」 遠くから名前を呼ばれた。首を後ろに捩ると、白龍とその神子であ
る望美が走ってきた。景時の前で立ち止まると軽く呼吸を整え
る。 「あの、紙ひこうき、見ませんでしたか?」 耳慣れない言葉だった。復唱してみる。 「かみ、ひこうき・・・」 「景時、それだよ」 白龍が景時の持つ紙の細工を指差した。景時は自分の手の中にある
紙細工にもう一度目をやった。それから望美に差し出した。 「ありがとうございます」 望美がぺこりと頭を下げた。それから紙ひこうきを白龍に手渡す。
白龍は嬉しそうに受け取った。投げるようにして紙ひこうきか
ら手を放せば、紙ひこうきはふわりと浮いた。 浮いたかと思えば、すぐに地に落ちた。白龍はそれを拾い上げ、同
じようにもう一度手を放す。白龍の瞳が輝いていた。 「楽しそうだね、白龍」 「はい、喜んでもらえてよかった」 望美の目が眩しいものを見つめるように細くなり、口元が綻んだ。
景時はそんな望美の姿が眩しいと思った。 「望美ちゃんの世界の紙細工?」 「はい。えっと、飛行機って空を飛ぶ乗り物を紙で模したものなん
です。紙ひこうきは、どれだけ遠くまで飛ぶかを競うんです」 「空を・・・飛ぶって?ああいう形のものが?」 驚きを隠せない景時に、望美は飛行機についてできる限りわかりや
すく説明した。 聴講する景時の顔が真剣で、望美も何とか理解してもらいたいと説
明に力が入った。本当にわかる範囲でしか説明できないのがも
どかしかった。 望美の説明が一通り終わると景時が感心するように言う。 「へぇ〜。そんなに大きなものが宙を浮くんだね〜」 「どんなに遠い場所でもすぐ着いちゃうんですよ」 景時は干した洗濯物の向こうに広がる空を見た。この空がどこまで
行ってもつながっているなんてどうしてわかるのだろう。 どんなに遠い場所でも・・・か。 「望美ちゃんは・・・この世界の人じゃ、ないんだよね〜」 何気なく言ったつもりだった。けれども望美は弾かれたように顔を
上げた。じっと景時を見つめてくる。その表情は不安そうに曇
っていた。 「すっかり忘れてたよ〜。馴染んじゃっててさ」 忘れるはずがない。だけど、そう装ってみた。今度はいつものよう
なおどけた言い方ができたようで、望美は安心したように笑顔
になった。 「オレも君の世界に行ってみたいな・・・」 誰にも拾われない言葉だけど。叶えられない願いと知っていても。
口にするだけなら・・・。 「じゃあ、一緒に行きましょう」 望美の声で我に返った。一瞬、言葉を失った。 「この戦が終わったら。白龍に頼めば、きっと」 望美の嬉しそうな笑顔が本当に嬉しかった。そのまま頷いてしまい
そうになる。頷いたら望美はどんな顔をするのだろう。 思い浮かべることができない。 思い浮かぶのは望美の笑顔ではなく、主君の顔。自分に命を下す人
物。自分は望美の隣に居てもいいのだろうか・・・。 「・・・だめだよ、望美ちゃん」 答えは否だ。 自分の手のひらを見つめる。どんなに洗っても元通りには、ならな
い。 「気持ちは嬉しいんだ。とても、とてもね。もったいないくらい・・・。
でもオレを必要としてくれる人が、いるからさ〜」 「・・・朔のこと、ですか?」 「うん、まぁ、それもあるけどね〜」 言いながら望美から目を逸らした。彼女をこのまま見ていたら、沈
んでいく表情を見たら、きっと抑えていられないだろう。 傷つけてしまったことを心の中で何度も詫びる。 「私・・・諦めませんから」 望美の毅然とした横顔を視界に捉えた。 「・・・望美ちゃん」 先に続けようとする言葉を望美が遮る。 「諦めたくないんです」 「神子!神子、見て!とんだよ!かみひこうき!」 白龍が声を上げた。ずっと紙ひこうきに没頭していたのだろう。二
人は紙ひこうきの行方を目で追いかけた。 望美の隣には居られない。この手が、主君の命を受け続けている限
り。けれど、主君のことを切り離して考えることは不可能だっ
た。 紙ひこうきは頼りなくても前に進む。自分もそうあれればいい。そ
れが不可能であるなら、せめて紙ひこうきだけでも。そう思う
のは後ろ向きなことだろうか。 紙ひこうきの姿が見えなくなって、白龍が淋しそうに呟いた。 「神子、ひこうき、とんでいっちゃった」 望美は不思議そうに首を傾げた。 「おかしいな・・・。そんなにとぶはずないんだけど・・・」 慌てて銃を後ろ手に隠した。望美と目が合った。明らかに不審そう
な表情で景時を見ていた。誤魔化すように笑うと望美も微笑ん
だ。気づいてないのだとわかって、ほっとする。 望美が白龍の頭を撫でながらしゃがみこんだ。 「じゃあ、また九郎さんから紙をもらってつくろうか」 白龍の顔がぱっと明るくなった。 「うんっ。神子、もらってくる」 言うが早いか、白龍が駆け出していった。姿が見えなくなると望美
が景時の足を指差した。 「銃、隠せてませんよ」 「うわっ」 怒っているかと思って表情を窺えば、そんな景時の慌てぶりが可笑
しかったのか、望美が吹き出した。 「景時さんも、一緒に紙ひこうき作りましょうよ」 「うん。そうだね〜」 「決まりですね。じゃあ、お洗濯手伝います」 今はこの空の下、君と居られる幸せだけで。


じれっ隊に仲間入りできそうな景時さんです。
この時代に紙飛行機を作れるような紙があるとは思えないんですけど、暖かい目で
見てやってください。九郎が書状を書くのに失敗した紙をもらってるって設定です。 飛んでる紙飛行機に願いをかける〜って内容の歌を聴いてて思いつきました。まんまでした。
20060227