ここ数日、隠しているつもりのようだが、神子は思い悩んでいるようだ。考え込んでいる姿を度々見かけた。その頃から神子と話す機会が減った。以前は朝になると必ず挨拶とともに二言、三言交わしていた。私は神子の言葉に短い相槌しか打てない。退屈ではないのかと問えば、躊躇いなく、楽しいと返ってきた。その神子の笑顔を私も嬉しいと感じた。同時にそう感じた自分を怖ろしく感じた。
今はいい。今はまだ、神子の笑顔を望んでいるだけなら。このまま神子の近くにいて、いつか私が神子に触れると望んでしまったら。神子の隣にいてはいけない。 ―貴女に触れたいと望んでしまうことが、怖い。
ある日、リズ先生と話している神子を見かけた。その幸せそうな笑顔を見て、神子の側にいるべき人はリズ先生のような方だと思った。
その晩、神子の姿を見かけた。
「こんばんは、敦盛さん」
月に照らされて縁側に座するその姿がこちらを振り向いて笑う。私が通りかかるのを待ち構えていたかのようだった。
「今夜、どうしても敦盛さんとお話がしたくて」
推測は当たっていたようだ。隣に座りませんか?と誘われるままに腰を下ろした。
「敦盛さんとお話しするの、久しぶりですね」
「ああ」
「私・・・その・・・ずっと敦盛さんのこと、避けてたんです。ごめんなさい」
神子が申し訳なさそうに頭を下げた。
「神子、どうか。神子がそんなことをする必要などない。私は神子の近くにいないほうがいいのだから」
素早く面を上げた神子の表情は険しい。
「敦盛さんがいないなら私には意味がないんです」
敦盛さん、次にそんなこと言ったら怒りますよ。
―そう言って貴女は何の迷いもない瞳で私を見つめる。そうして私の中で少しずつ積もる気持ちがあることを貴女は気づいているだろうか。
「敦盛さんと歩けないなら、その場所は私には何の意味もないです。私が敦盛さんの隣にいたいんです。敦盛さんが私を怖いと思っているのはわかっていますけど・・・」
神子の声が張り詰めていく。
「私が?私が神子をそのように思うことなどない」
神子は思い違いをしている。私の言葉に神子は目を瞬いた。
「え?だって、この前・・・」
数日前の神子とのやり取りを思い出した。
―私は、神子・・・・・・怖いのだ。
あの時、神子と最後に交わした言葉だ。
「あれは・・・私のことだ」
「私、敦盛さんに言われたことをずっと考えていたんです」
近頃の神子の溜め息をつく姿を思い出した。
「私が神子を悩ませていたのか。すまない」
「敦盛さんこそ謝らないでください。私も向き合わなければいけなかったことなんです」
―これ以上、向き合わなければならないものとは何なのか。元来、戦とは無縁だったという貴女が課せられた神子という宿命と葛藤と怨霊と。それと向き合うだけでもその重圧は計り知れないはず。それでも貴女は私たちに目に見えて悟らせない。
―強い方なのだな。
神子が肩の力を抜くように、長く息を吐く。同様に張り詰めていた雰囲気も和らいでいく。顔に笑みが戻った。
「よかったぁ」
そして私に笑いかける。そのはにかんだ笑顔を見て思う。
「月のようだ」
「え?」
「す、すまない」
とっさに言葉が口をついて出た。 ―暗きを照らし、迷うものを導く月のようだと。
「じゃあ、私は月ってことで」
いいですよね、と神子が再び笑う。明るい調子につられて私も微笑む。
「だが、月は届かないものだ」
「敦盛さんには届きますよ」
その言葉で動きが止まった。神子は続ける。
「敦盛さんだけに届く月です」
「私・・・だけの・・・?」
「はい!」
恐る恐る尋ねると、力強い返事。私は両手を膝の上で握り締めた。唇を噛みしめる。
「敦盛さん?」
俯いた私の顔を覗きこみ、心配そうな声で私の名を呼ぶ。神子の顔が視界に映り、私は握り締めた両手を解いた。
「神子。私はいつかこうなると思っていたから、怖かったのだ」
左手で神子の前髪をかきあげて、額に触れる。衝動的に触れたいと思って、抑えることが出来なくなった。
「あっ、あつもりさん!?」
私の下方から神子の声がする。驚いたような焦っているような。それでも、離れられない。触れている額が温かくなる。
離れると私の月は赤く染まっていた。
―私もヒノエに似ている部分があるのかもしれない。
―認めたくはないが。"貴女"というのはどちらかというと、弁慶さんが使うほうがしっくりくる気がします。