電話が鳴っている。受話口の向こうに聞こえる呼び出し音。一回、二回・・・。鳴った回数を数えるたびに、心拍数が上昇していくのを感じた。同時にやっぱり切ってしまおうかとも、思う。 でも、声が聴きたい。でも、上手く言えるだろうか?断られたら?葛藤しているうちに、相手の声が聞こえた。
―神子か?
低く通る声がいつもより近い。耳元で囁かれているようでドキドキして、隣にいないことを思い出して溜め息をつきたくなった。
―神子?
呼びかけられて我に返る。電話をかけた目的を忘れるところだった。どうやって切り出そうか迷い、とりあえず挨拶はしなければと頭の中で手順を整理する。
「あ、こ、こんばんは、敦盛さん。あの・・・今から逢えませんか?」
頭の中で構築された手順を踏むまでもなく、望美の口から滑り出す言葉。こんな普通の言い方をするはずではなかった。自己嫌悪を感じながら相手の返答を待つ。
―今から・・・。だが、神子、もう夜の闇も深い。
言いにくそうに、しかし意志の固さを滲ませる声で敦盛は告げてきた。それもそのはず、時刻はあと三十分ほどで明日が今日に変わる。断られそうな雰囲気を感じ取った望美は焦った。 どうしよう。どうしよう。どうしたらいい?
―あまり遅いと、神子も危険だろう。明日では、いけないだろうか? 「でっ、でもあの・・・逢いたいんです」
とっさに言ってしまった。沈黙がいつもより重い。我が儘なやつだと思われただろうか。頭の中は嫌われてしまった可能性とその要因を、いくつもいくつも考え出す。その圧力に耐えられなくなり前言の撤回を求めて、口を開きかけた。 望美の撤回は出遅れた。先に敦盛の声が聞こえた。
******** 薄暗い中に草の青臭い匂いが漂う。望美は公園のベンチに座っていた。 敦盛は承諾してくれた。 望美の自宅から徒歩でもさほど歩く必要のない公園。そこで待ち合わせることになった。敦盛が公園に到着する時間を差し引いて家を出たつもりだったが、早かったようだ。身体が気持ちについていかない。好きなのだと、あらためて思った。
「待たせてしまっただろうか」
軽い足音と通る声とともに、闇夜のなかで敦盛の輪郭が徐々にはっきりとしてきた。逢えたことが嬉しかった。 逢えたから、今度は触れたいと思った。敦盛を困らせてしまうと、思い止まる。
「いいえ、全然」
腕時計に視線を落とすと、午前零時をまわるまであと少し。秒針が十二を指す少し前を見計らって、敦盛に向き合う。
「敦盛さん、お誕生日おめでとうございます!」 「神子・・・。そのために・・・?」 「最初は電話だけのつもりだったんですけど。我が儘を言ってごめんなさい」
素直に謝ると、今度は敦盛が焦る。
「いいんだ、神子。・・・私のために。ありがたく思う」
声を聴いたら逢いたくなったから、半分は自分のためだ。ただ、それは言えなかった。少し照れくさく思ったので、話題を変えようと訊ねた。
「何か欲しいものはありませんか?」 「・・・神子が祝ってくれたのだから、それで十分だ」
この身に有り余る幸いだと、優しい笑顔で言う。 あっさりといらないと言われ、望美は肩を落とした。予想はついていた。しかし、しつこく食い下がってみる。
「何でもいいですよ?言ってください」 「そう・・・言われても、神子」
困ったように目を伏せる。その拍子に望美の着けている腕時計が目に入った。
「それならば、その腕時計を」 「え?これですか?それなら、もっとちゃんとしたものを」 「いいんだ。それを私に貰えないだろうか」
望美は腕時計を敦盛に渡す。女性用ではあるけれど、デザインはそれを強調するほどではない。敦盛が着けても違和感はないはずで、実際そうだった。 わざわざ、望美の持つ時計を選んだ敦盛を、疑問に思った。けれども敦盛が微笑むから、大切そうに時計に触れるから、口にはしなかった。
「あなたの時間を私がもらってしまったのだな」 「・・・それ、わかってて言ってますか?」 「何か変なことを言ってしまっただろうか」
敦盛を喜ばせるつもりで、自分が途方もない幸せを得てしまった。 赤面した望美が敦盛を困らせるまで、きっとそう時間はかからない。めちゃんこ甘な感じで。投稿するには神子が乙女チックすぎてためらいました。敦盛さんはさりげなく神子を赤面させてほしいという願望を込めて(眼が曇りまくり)
20060603